ここまで読んだ読者の中には、次のように思う人がいるに違いない。
あなたが言っていることは分かったが、あなたがそう言っている根拠となる「最古層の経典」とは、何という経典なのか、と。
それについての概略を少しばかり説明しておこう。
まず最初に、仏教学において歴史的人物としてのゴータマ・ブッダの思想的な根幹に迫り得る最も重要な資料となるのは、現存する最古層の経典であると言われる『スッタ・ニパータ』の中に含まれる「アッタカ篇」と「パーラーヤナ篇」という経典である。
「アッタカ篇」とは『スッタ・ニパータ』の第4章、「パーラーヤナ篇」とは『スッタ・ニパータ』の第5章のことである。(ただ「パーラーヤナ篇」の最初と最後の経は、後代の付加であるらしい。)
*『スッタ・ニパータ』の翻訳本としては、中村元訳『ブッダのことば』(岩波文庫)がある。
そして、「アッタカ篇」と「パーラーヤナ篇」の次に古いと考えられる経典として、われわれは「サガータ篇」を挙げなければならない。
「サガータ篇」とは『サンユッタ・ニカーヤ』の第一篇を指すものである。
*『サンユッタ・ニカーヤ』の第一篇の翻訳本としては、中村元訳『神々との対話』(岩波文庫)と『悪魔と対話』(岩波文庫)がある。
「サガータ篇」は、「アッタカ篇」と「パーラーヤナ篇」に続いて、私は、史実としてのゴータマ・ブッダに近づき得る重要な経典であると思っている。
ちなみに、中村氏は、「サガータ篇」は、『スッタ・ニパータ』の第1章~第3章よりも古いと言っている。
これらの三つの経典は、仏教の経典の中でも、釈迦の存命中に近い資料を示すものとして極めて重要であると考えられる。
もちろん、スリランカの上座部仏教に伝わる「五つのニカーヤ」も重要である。さらに、「五つのニカーヤ」とは、「三蔵」(「経蔵」「論蔵」「律蔵」)の中の「経蔵」のことを指している。
ちなみに、「五ニカーヤ」(に含まれる経典)とは、すなわち―
『長部経典』(ディーガ・ニカーヤ)
『中部経典』(マッジマ・ニカーヤ)
『相応部経典』(サンユッタ・ニカーヤ)
『増支部経典』(アングッタラ・ニカーヤ)
『小部経典』(クッダカ・ニカーヤ)
『中部経典』(マッジマ・ニカーヤ)
『相応部経典』(サンユッタ・ニカーヤ)
『増支部経典』(アングッタラ・ニカーヤ)
『小部経典』(クッダカ・ニカーヤ)
である。
そして、本稿が最も重要視する最古の経典「アッタカ篇」と「パーラーヤナ篇」とが収録されている『スッタ・ニパータ』とは、「五ニカーヤ」の中の『小部経典』(クッダカ・ニカーヤ)の中に含まれている。
仏教全般としては、重要な経典は初期経典だけではない。『法華経』や『浄土三部経』なのど経典も、とても素晴らしい思想を含むものであると思う。そこに説かれている世界観は、慈悲の精神に満ちている。
最後に、ここまで飽きずに読んでくださった読者の方々には、只々感謝するのみである。
さらに、本稿において、不足している部分があるとすれば、それは新鋭なる研究をされる読者や、あるいは、瞑想や自らの実体験を持って実践された方々によって、補足されるだろうと思う。
本稿を読むことによって、仏教の経典や哲学書などを一冊でも直に開く読者が一人でもいるとするなら、本稿の目的は達成できたものと見做してよいと私は思っている。
それと、ここで、magさんから学んだことは、あまりにも計り知れない。この場を借りて、心から感謝の言葉を申し上げます。(dyhより)