インドに行って、昨日帰ってきました。
行く前に想像していたイメージとは、やはりかなり違っていた。
と言うよりは、6月のインドは暑すぎる。はっきり言って、あの暑さは日本の感覚からして尋常ではない。日中は40℃を超えて、こまめな水分補給なしにはバテてしまう。(以前、一年のうちで最も暑い時期に行ったタイよりもはるかに暑かった。)ちなみにインド滞在中は、雨は一度も降らなかった。
そして、インドは、予想以上に広いと思った。町から町まで、車をチャーターして5~6時間はかかった。そして、次の町まで5~7時間は普通にかかる・・・・・。
町に入ると、野良牛や猿やリスなどが、いたるところにいる。路上にいる野良牛たちは一体何を食べているのだろうか?気になって見てみたら、一面に広げられていた残飯を食べていた。
ハイウェイ(高速道路)にも野良牛が普通に横断している。ノーヘル(ヘルメット無し)の3~4人乗りのバイクは普通で、中・小型のトラックには人が何人もへばり付いて乗っている。左端(車は左側通行で、右ハンドル)を逆走している車もある。それと、チャーターして乗った車の運転があまりにも荒すぎる。(この人の運転テクニックはおそらくレーサー並みだった。)普通の人の運転テクニックのレベルも、おそらく見た感じ日本のレベルの比ではない。
インドには古い車が多く走っていて大丈夫なのだろうかと思っていたが、案の定、高速道路で、ダイヤが脱輪して(車軸ごとはずれていた)、一台の中くらいのトラックが横転していた。ちらっと見たら、乗っていた人たちは不思議と怪我(けが)した様子はなかった。
もう一つ、インドは日本に比べて物価が安い。日本と比べて8分の1くらいだろうか。全くの観光地ではないところで、大きめのマンゴーを10個くらい袋に入れてもらったら120ルピーしかしなかった。
あと、インドは何と言っても貧困の国だと感じた。いたるところで、5~9歳くらいの少女がやってきて、お金をくれと懇願してくる。多くの子供にちょっとだけ布施をしようと思っていたが、一緒にいたインド人から止められた。人が多い場所でお金をあげている光景を見られたら、他の大勢の子どもたちが現われてきて収集がつかなくなり危険であるというのだ。
今まで34ヵ国くらい行ったが、これだけ町中が汚くて貧困な場所は初めて見た。もの乞い、というか、古代インドにあった托鉢というものも、やはりそこで自然に興った習慣なのだろうと思った。
話は変わるが、食事は、朝食はパンと卵焼き(なぜか白身だけ)とチャイかコーヒーであとはカレーずくめだった。カレー好きの私だが、ここまでカレーばかりだと、日本に帰って来てから、当分の間はカレーは食べなくていいと思った。
旅の途中で、デリー大学卒の宗教と歴史通の人と親しくなり、宗教に関して、ヒンドゥー教に関していろんな話をした。
インドには、イスラム教徒もいるが、やはり何といってもヒンドゥー教徒が断然多いと言っていた。そして、その大部分の人が死後の輪廻転生を信じているらしい。
ところで、ジャイナ教徒について、その人に聞いてみたところ、以前街中で全裸のジャイナ教の修行者を一度だけ見たことがあると言っていた。
ちなみに、せっかくインドにきたからアグラにも行った。アグラには世界遺産タージ・マハールがある。話によれば、当時の国家の財政が転覆するくらいの莫大な資金がその建設費に投入されたらしい。はっきり言って、タージ・マハールはヤバすぎる。以前行ったバチカンのサン・ピエトロ寺院に匹敵するほどだと思った。大理石に数々の宝石が埋め込まれているこの建設物は、坪単価いくらくらいするのだろうかと思った。そして、そのお金は一体、元はと言えばどこから来たのだろうか?
あと、タージ・マハールは基本的にはヒンドゥーではなくイスラム教の様式で作られた墓だ。外壁をよく見ると、たしかにコーランの経が書かれている。
そして、聞いた話によれば、多くの仏教僧はペルシャやトルコあたりから攻めてきた侵略者たちによって殺害され、その一部が外国に逃れて行ったのだという。
そして、聞いた話によれば、多くの仏教僧はペルシャやトルコあたりから攻めてきた侵略者たちによって殺害され、その一部が外国に逃れて行ったのだという。
余談ではあるが、現代のインドには仏教はほとんど残っていない。(全くないわけではないが)ただ、ガウダマ・ブッダは、ヒンドゥー教の神の中に組みこまれ、仏教のブッダの話もまたヒンドゥー教的にかなり脚色されているようだ。
ところで、宗教通のインド人から、『マハーバーラタ』と『ギーター』を是非読むように薦められた。ちなみに、